乗り掛かった舟に揺られて、18世紀の哲人スエデンボルグの著書を大河をオールで漕ぐように日々読んでいる。気力のいる読書なので一冊読んでは関連著書を挟む。昨日読んだ一冊がヘレン•ケラーの『私の宗教』である。ヘレン•ケラーは点字訳されたスエデンボルグの本を読み、スエデンボルグこそ人間の救いであると確信していた。ヘレンはこう書いている。
(スエデンボルグの)ただ一つの目的は基督教を地上の生きた現実のものとすることだった。(「わたしの宗教」ヘレン•ケラー 柳瀬芳意訳 2004年版)
ヘレンは読書を通じて、多くの教会も牧師も宗教家も聖書を「まちがって」解釈し、祈りをあげていることに気付いた。神を見出し、その言葉に調和して生きる礎が聖書であるが、そうならず人々に苦しみばかりを与えてきた。そこでスエデンボルグは聖書の新たな解釈者として登場したと書いた。目が見えず、耳が聞こえないヘレンにとって、美や光や愛が「外の感覚器官から」ではなく「内の心的器官から」伝えられるというスエデンボルグの主張は、健常者以上に深くかみしめたのだろう。
本の紹介はこのくらいにして、ヘレンが本書で引用していた詩人Edwin Markhamの詩「あなたの好むものを選べ」を紹介したい。邦訳は柳瀬氏が書いているが、私は原語の詩にあたり、拙訳をしてみた。
Take Your Choice
On the bough of the rose-tree is the prickling briar:
The delicate lily must live in the mire;
The hues of the butterfly go at a breath;
At the end of the road is the house of death.
Nay, nay! On the briar is the delicate rose;
In the mire of the river the lily blows;
The moth is as fair as the flower of the sod;
At the end of the road is a door to God!
ばらの枝からは尖った棘が突きかかり
優美な百合はぬかるみに命を預け
蝶は目まぐるしい羽ばたきで息を切らし
道の果てには死の家が見える
ちがう!そうではない!
茨でおおわれた崇高なばらよ
川のぬかるみでも咲き誇る百合よ
芝を彩る花のごとく飛ぶ蛾よ
道の果てには神に至る扉があるのだ!
りり〜郷訳
人をポジティブにする詩である。バラの棘を嫌い、ぬかるみを罵り、息切れをしながら死んでいくのか。君の人生はそんなものか。ちがうだろう?茨の中に咲く崇高なバラのように、苦難の中でも咲く百合のように、芝に開く花のように飛ぶ蛾のように生きよう。神に至る扉へ向かって。
私も苦難な暮らしを営む身ですが、ポジティブに生きております。




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